UNTITLED 1-3

BY SHIINA


 意識を取り戻した高耶の目に、最初に飛び込んできたのは、灰色の天井だった。
 ダウンライトが、柔らかい光を放っている。

「…………」
 ひどく頭が重かった。まともな思考が働かず、しばらくの間、ぼんやりと天井を見上げていた高耶は、ようやく虚ろな視線を巡らせた。

 ぼんやりとした視界に入ったのは、無論、住み慣れた自分の部屋ではなく、まったく見覚えのない部屋だった。

 家具らしい家具が何もない、天井も壁もすべてが灰色の、ひどく殺風景な部屋。
 ドアが二つと窓が一つ。窓にはカーテンが引かれ、ドアも閉め切られている為、外の様子はまったくわからない。
 まるで灰色の大きな箱の中にいるようだと、高耶は思った。

 ゆっくりと巡らせた目の端に、銀色をしたベッドヘッドらしいものが見えた。
 どうやら知らない部屋のベッドに、知らないうちに寝かされていた、と云うことらしい。

 しばらくして、高耶の口元にうっすらと笑みが溢れた。
 ようやく、何が起きたか理解したのだ。

(……これは夢だ……シンナーでラリッてるんだ……)

 そうに違いないと、高耶は思った。それ以外ありえないではないか。
(だからこんなに頭が重くて、体が動かねーんだ……)

 それにしても、体のだるさも、寝かされている感じも、妙にリアルに感じられる。
 変だな、と思ったその時、何気なく動かした指先が、何か冷たいものに触れた。

(………?)
 思わず、それをたぐり寄せるように掴んだ時、冷たい感触とともにチャラッという金属音がした。
 冷たくて、重い……。

(何……?)
 力の入らない腕で、掴んだそれを必死で目の前に翳すと……それは銀色に鈍く光る、頑丈そうな鎖だった。
「え……?」
 無意識に声を発して、高耶は狼狽えた。この時、初めて朦朧としていた全身の感覚が戻ったような気がした。

 途端、首に明らかな違和感を感じ、手をやると、驚きのあまりその目が見開かれた。
「なん、だ……?これ……」
 そこには何か、首輪と思しきものが填められていて、あろうことか鎖は、その首輪に繋がれていたのだった。

「これ……これって……」
 呆然とした高耶が呟いた。
(……夢じゃ、ない……?)

 ようやくこれが夢ではなく現実だと悟った高耶は、慌てて飛び起きた。ジャラッという金属音が、静まり返った室内に響いた。

「………ッ!」
 途端、ひどい目眩を感じて倒れ込みそうになるのを、必死で堪えた。体が痺れていて、思うように動かせない。

 しばらくそのまま、自分で自分の体を抱くようにじっとしていると、どうにか起きていられるようになった。
 片手でふらつく頭を押さえながら、もう片手で改めて首に触れる。首輪は皮製のようで、留め金と鎖を繋ぐ部分に、鍵がついているようだった。

 鎖の先端を目で追うと、自分が寝ているベッドの足側のヘッド部分に幾重にも巻き付けられて、南京鍵がかけられていた。

 動揺した高耶は、なんとか首輪を外そうと試みたが、鍵のついた首輪が簡単に外せるわけもなく、カチャカチャという乾いた鎖の音が、静まり返った部屋に虚しく響くだけだった。

「……なんなんだよっ……、」
 重い頭をおさえ、呆然とつぶやいた時……高耶はようやく、何があったか思い出した。

(そうだ……ビルの屋上で……知らない男と喋って、薬をもらって……)

 あろうことか、何の薬かわからないのに、その薬を飲んでしまったのだ。
 あの時の自分は、本当にどうかしていたとしか思えない。

「……っだよ、なんなんだよ……一体……ッ」
 苛ついた高耶が思わず声を上げた。だが外せないものは外せないのだから仕方がない。

 とりあえず高耶は、自分が置かれた状況を少しでも知ろうと、ふらつく体をおして、ベッドから降りようとした。
 その途端、再び激しい目眩に襲われて、そのまま崩れるように床に倒れ込んでしまった。

「………ッ!」
 冷たい床にしたたかに全身を打ちつけ、高耶は呻いた。 起き上がろうにも体が痺れきっていて、思うように動かせない。
 その上、無理をした為か、頭がガンガンと割れそうに痛みだして、意識まで朦朧となってくる。

 ふと、物音が聞こえたような気がした。無意識に音のする方に頭を巡らすと、霞む視界に開かれたドアと、倒れている自分に向かって驚いたように駆け寄ってくる人影が見えた。
「……やさん!高耶さん!」

自分を呼ぶこの声が、誰のものなのかわからない……
(……誰だ?……ああ、駄目だ……頭が、痛い……)

 力強い腕に抱き上げられるのを遠くで感じながら、高耶は再び意識を失った。



■NEXT■