BATTLE ROYALE 
ミラバージョン 5

 BY 417



古びた神社の社屋。
本堂の中、それまで昏々と眠り続けていた高耶が、突然、目を覚してハッと起き上がった。
夜明けが近いらしく、外はうっすらと明るくなりかけている。

(夢……ッ)

全身に銃弾を撃ち込まれる灼熱の激痛も、倒れた自分を抱き起こす直江の力強い、確かな腕の感触も、夢と云うには何もかもが異様にリアルな夢だった。
まだ、心臓がどきどきと壊れるほど脈打っている。



「──よお、仰木。目ェ覚めたか?」
境内で見張りがてら、枯れ木や落ち葉をかき集めて火を起こし、湯を沸かしていた千秋が、高耶が目覚めたのに気づいて、側にやってきて話しかけた。
「よく寝てたぜ。──気分はどうだ?傷は痛むか?」
高耶はすまなそうに首を振って、
「……ごめん、オレ、バカみたく寝ちまって……」
すると千秋は笑って、
「そんだけ大怪我してんだから、寝られる時は少しでも寝た方がいいに決まってんだろ」
「先生は……っ、」
「……まだだ」
千秋は、首を振る。高耶は俯き、しばらく考え込んだ末に、ぽつりと口を開いた。
「今、夢……見てた」
「どんな?」
「……直江先生と二人で、河原に……」
高耶の表情が暗く沈むのを、千秋は見逃さない。
診療所で襲われた時、高耶を庇って直江は背中に大怪我をした。その体で、高耶達を助ける為に、直江は一人、飛び出して行ったのだ。
千秋が力強く云う。
「──仰木。大丈夫だ、あのセンセイは生きてるよ。前回優勝者の俺様のカンを信じな」
暖かな千秋の言葉に、高耶は、微笑んで頷いた。
「……仰木、コーヒーあるぜ。飲むか?」
「コーヒー?」
そんなもの、いったい何処からと目を丸くする高耶に、
「診療所の台所に残ってた豆を頂いてきたんだよ。ちょうどもうすぐ夜が明ける。夜明けには『コーヒー』だろ?」
千秋は戯けて、「今、煎れてやるから待ってな」と笑った。



空き缶に注がれた琥珀色のそれを、一口、口にして高耶は唸った。
「……美味い。ちくしょう、お前は何やっても手際がいいな」
「当然だろ」
千秋はにっと笑うと、自らも空き缶に注いだコーヒーを一口啜り、制服のポケットから取り出した煙草に百円ライターで火をつけた。
慣れた素振りで紫煙を吐き出す千秋のスニーカーが、初めて国内では禁じられている米国製だと云うのに気がついて、高耶は思わず声をあげた。
「ニューバランス……?初めて見た」
それだけではなかった。
千秋がさりげなくしている腕時計も、よく見れば確か『G-SHOCK』とか云う米国製ではないか。千秋はまたにやっと笑い、
「云っただろ。俺、神奈川の都会育ちだって」
思えば、これが初めて、高耶が千秋と交わしたこの年代らしい会話である。

「仰木は四国に来る前は、確か長野だったか?」
「松本──田舎だよ。……そういえばお前んちの親父さん、医者だって云ってたよな?」
「ああ。横浜のスラムで闇医者をやってたんだが……去年、俺がこのクソゲームから帰ったら死んでた。──大方、政府の連中ともめたんだろ」
高耶は一瞬、目を見開いて、
「………ごめん……悪いこと聞いた」
と俯いた。
千秋はまた笑って、
「いいさ。親がいないのは仰木も同じだろ。俺も他に身寄りがないから、本当ならお前と同じ施設に入れられるところだが、プログラム優勝者には、国から保障が出るってのは知ってるよな?触れ込みほど大した額じゃないが……まあ、その金で部屋を借りて住んでる。身元保障は国がしてくれるし、生活には困ってない。……それより、仰木」
千秋は真顔になって、
「今日が最終日だ。無事にこの島を抜けられたとして……大変なのは、その後だ。万一、政府にとっ捕まれば、国家反逆罪でその場で射殺だからな。おそらく、亡命することになるだろう。米国あたりが亡命先としてはいちばんいいだろうが……どの国に行くことになっても、その後を生き抜く覚悟をしておけよ」
「………ああ」
高耶は、静かに頷いた。
「生きてここを出られたら……オレがこの手でこの国をブッ壊してやる」
決意を込めた高耶の言葉に、千秋も頷き、またあの飄々としたいつもの彼に戻って、
「その調子だ。……もう一杯、コーヒー飲むか?まだあるぜ」
待ってな、と云って、その場所を離れた。



***



空はすっかり明るくなり、本堂内で一人になった高耶の視界に飛び込んできたのは、すぐ側に置かれたバッグの中に無造作に突っ込まれたままの拳銃だった。
元は吉村に支給され、高耶の脚の肉を抉り、その肩を撃ち抜いたものだ。
(直江先生……)
先ほどのあまりにリアルな夢を思いだして、直江に何かあったのではといてもたってもいられなくなり、高耶は拳銃を手に取って腰にさすと、千秋がいない隙に境内へ出た。
長時間、睡眠を取れたことと、多少の怪我の苦痛を堪える術を身に付けてしまったらしく、どうしても脚は引きずってしまうものの、歩けなくはなかった。いや、一歩歩く度に脚も肩も灼けるような激痛が走るのだが、そんなものは歯を食いしばって堪えればいいだけだ。

コーヒーを手に戻ってきた千秋は、高耶の姿がないことに気づいて、空き缶を放り出し、ショットガン掴むと神社を飛び出した。
辺りを見回すが、姿は見えない。
鬱蒼と茂る樹海へ入られたとしたら、探すのは不可能に等しい。
「仰木!無茶するな!!返事しろ!仰木!!」
千秋の叫びは高耶の耳に届いていたが、高耶はすまないと思いつつ、振り帰らずに痛む脚を引きずり、生い茂る木々を抜って歩き続けた。



突然、朽ち果てた墓地に出た。
その墓石の一つに腰を下ろし、こちらを見ている相手の姿を見て、高耶はあっと息を飲んだ。
「兵頭……ッ」
兵頭はマシンガンを片手に、ゆっくりと立ち上がった。いったい何人を手にかけたのだろうか……兵頭の制服は、返り血と思われる血で真赤だった。
兵頭は無言のまま、ゆっくりと近づいてくる。
やがて、高耶のシャツの隙間から覗く包帯を見て、フッと笑った。その笑顔がどういう意味なのか、高耶にはわからない。

マシンガンの銃口がゆっくりと高耶の胸に向けられる。
咄嗟に高耶も腰の拳銃に手をかけたが、それより早く、兵頭の指がマシンガンの引き金にかかる。
だが、その時、遠くから「仰木ッ!」と呼ぶ声がして、兵頭は咄嗟に声のする樹海に向けてマシンガンを無差別に乱射した。
「やめろ!撃つな!千秋逃げろっ!」
高耶も叫んで、兵頭に向けて発砲したが、初めて生きた人間に銃を向ける恐怖からか、まるで当たらない。同時に木々の中から兵頭の体に数発のショットガンが撃ち込まれ、兵頭は高耶の見ている前で、どっと音を立てて仰向けに倒れ込んだ。



「──仰木ッ!」
声がして、ショットガンを構えたまま、千秋が鬱蒼とした木々の中から、息せき切って駆け寄ってきた。
「大丈夫かッ!?」
頷く高耶の顔面は蒼白だった。だが、駆け寄った千秋の制服のシャツが血でべっとりと濡れているのを見て、高耶は目を見開いた。
「血がッ……!」
千秋はこともなげに笑い、
「なんでもない。ちょっと肩を掠っただけだ」
「オレのせいで……」
青ざめた高耶の目が、見開かれた。たった今、千秋のショットガンを食らって死んだはずの兵頭がゆっくりと起き上がったからだ。
千秋も背後にあるはずのない気配を感じて、振り向くや否や、反射的に残っている全弾を撃ち込んだが、それでも兵頭は、被弾の衝撃で痙攣したようなダンスを踊りながらも、今度は倒れもせずに、二人を見て薄く笑っただけだった。

(防弾チョッキか──!)
千秋が気づいたが、もう遅い。ショットガンに弾を込め治す時間などない。
兵頭は悠々とマシンガンを二人に向けて構える。
もはや絶対絶命である。

その直後、ぱぱぱ、と云う銃声が響き渡った。


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