UNTITLED 1-4-2

BY SHIINA


 高耶の心臓が跳ね上がった。
「──!」
 震えながら振り向くと、出て行った筈の直江が、ドアの前に微笑しながら立っていた。
 高耶の瞳が見開かれた。

「……あなたの探し物は、もしかしたらこれですか?」
 直江がネクタイを軽く緩め、シャツの襟のボタンを外し、中にかけていた細い鎖を取り出すと、その先にペンダントヘッドがわりにかけられた、小さな鍵があった。

 高耶の顔色がサッと変わった。たった今まで強張り、怯えきっていた顔が、瞳が、怒りへと変わるのを、直江は目も眩む思いで見つめている。

「あ、あんた……っ!失くしたなんて、やっぱり嘘だったんだな……!」
 直江は楽しそうに笑い、
「失くすわけがないでしょう?ようやくあなたを手に入れたという、大事な証を」

 そう云って、その鎖を首から外すと、小さな鍵に口づけ、高耶の首の鎖が決してそこまで届かないのを知っていて、わざとドアノブにひっかけた。
「そんなにこの鍵が欲しければ、さしあげますよ。……ここまで鎖が届けば、の話ですが」

 楽しそうな男に、とうとうこれまで抑えていた高耶が、キレた。
「……なん…でッ!なんでだよっ!なんでこんなことすんだよ!あんたどーかしてるよっ!!オレはあんたが探してた奴なんかじゃねえッ!人違いだっ!!こんなことして何が楽しんだよ!この首輪を外せ!こっから出せよお!!」

 喚いて殴りかかってくる高耶の腕を、直江はあっさりと掴んだ。
「離せ!このヤローッ!」
「おやめなさい。無駄ですよ、あなたの力で俺にかなうとでも?」

 押さえ付けられた腕の中で、高耶は猛烈に暴れた。いくら十四歳とはいえ、これだけ本気で暴れられたら、大人でもそう簡単に押さえ付けられるものではない。力を使えば簡単だったが、直江はそうはしなかった。

 むしろ高耶の抵抗が心地よかった。
 どんなにもがいても、このひとはもう自分から逃げられないのだから。

 狂ったように暴れる高耶と二人して、もんどりうって床に倒れこむ。だが、やはり文字通り大人と子供では、勝負になるわけがない。

 勝負は一瞬でついた。体格と力に勝る直江が、もがく高耶に馬乗りになって、両手首を冷たい床に縫いとめ、両膝で暴れる脚を押さえ付けた頃には、高耶はすでに肩で激しく息をしていた。

「……離せよ……ッ」
 直江の体の下で、高耶が押し殺した声で云った。
「この手を、離せ!」
 カッと見開かれた瞳が、激しい怒りに燃えている。

 その瞳は、まるで三十年前のあの時の景虎のようで、直江は一瞬、胸を突かれる思いだった。
 思わず、両手首を押さえていた腕の力が緩んでしまい、再び高耶が暴れて、慌てて細い手首を掴み直した。

 高耶は今にも腕を振り切って暴れ出しそうな勢いで、なおも叫び続ける。

「なんでだよっ!オレはあんたなんか知らねえッ!あんたが探してた奴じゃねーんだよッ!わかんねーのかよッ!!オレなんか閉じ込めて何が楽しいってんだよ!妹が待ってんだッ!帰せッ!帰せよおお!!」
 そして、なおも押さえる腕を外そうともがく。

 三十年前に自分を拒否したのと同じ瞳で、あくまでも自分を知らないと云いはり、逃れようとする高耶に、ついに男の中でも、何かがキレた。

 ふいに両手首を掴む腕に力を込められて、そのあまりの痛みに、高耶が小さく声をあげた。
 今までとは違う、まるで容赦のない、もしかして折られるのではないかと云う程の強い力。暴れる脚を押さえる膝にも一層力が込められ、もはやもがくことも叶わなくなった。

 高耶が痛みに顔を歪めるのも構わずに、直江は押し殺した声で囁いた。
「……帰さない、と云ったでしょう」
「……ッ」

 男の雰囲気が、違っていた。

 ビルの屋上で気を失う真際。
最初にこの部屋で目覚めて、初めて帰りたいと云った時。どちらもゾッとしたけれど、そんなものは比べ物にならないほどの、狂気。

 高耶はこんな風に、誰かを真剣に恐ろしいと感じたのは、これが初めてだった。

「……あなたですよ、仰木高耶」
 直江が、押し殺した声で囁くように云った。
「……ッ」
 高耶が真剣に怯え出したのも構わず、男はなおも囁き続ける。

「……あなただ。三十年前のあの瞬間から、あなただけを探してきた。覚えていないなら、人違いだと云うのなら、証明してあげる。あなたが、俺の探していたひとだと云うことを。……俺が本気だと云うことを、あなたに教えてあげますよ」

 男のかつてない程の、尋常ではない雰囲気に、高耶がゴクリと息をのんだ。生まれてはじめて殺される、と思った。

 掴まれた両手首が、強い力で頭の上に持っていかれ、片手で一纏めにされる。そうしておいて、直江は空いた片手で、徐にネクタイを引き抜いた。

「な……、何、す……」
 高耶の体の震えを感じ取って、狂気に支配された男は、抜き取ったネクタイを持った手で、高耶の滑らかな頬に触れると、うっとりと囁いた。

「今すぐ証明してあげる。俺が探していたのが、あなただと云うことを。高耶さん……あなたの、この綺麗な体に」



■NEXT■