UNTITLED 2




怨将退治が一段落し、高耶が城北高校に戻ってから一ヶ月。
高耶はこの間、一度も直江と会っていなかった。
宇都宮の実家に帰っている直江が、寺の仕事やら、不動産屋の仕事やらで多忙だというのはわかっていたが……
(だからって、こんな風に放っとくか普通?)
電話すら、一度もかけてこないなんて。

悔しいから、高耶は決して自分から電話してやるもんかと心に誓っている。
殆ど意地だ。会いたいのに……どうして自分はこう素直になれないんだろう?

いつのまにか授業が終わり、休憩時間になっていた。
午後の授業はあと一時間ある。かったるい。
(サボるか……)
次の授業の教科担任に「具合が悪いから早退する」と告げて、高耶は学校を出た。

ふいに煙草がすいたくなった。
学校帰りだから、当然制服だが、かまうもんかと自販機にコインを入れる。
直江がすっている、高耶的にはあまりうまいと思わないその煙草を、つい買ってしまい……なんだか急に自分がバカみたく思えてきて、一瞬涙が出そうになって高耶は狼狽した。

自分がこんなに弱くなったのは、全部あの男のせいだ。
そして、弱くなった自分を放ったらかして、電話もしてこない。
(直江のバカ!!)
まるでその煙草が直江であるかのように、八つ当たり気味に乱暴にその箱を掴んで、制服のポケットに突っ込むと、高耶は自宅とは反対の松本城に向かって歩き出した。

平日の午後の松本城址公園は、子供を連れた主婦や、散歩する老人の姿がちらほらあるだけで、人は少ない。

今日から、美弥は修学旅行に出ていた。父親は仕事で大阪に行ったきりだし、家には自分一人だから、まっすぐ帰る必要もない。

昔、アル中だった父親に殴られる度、いつもやってきては、一人で過ごした公園。
高耶はそのベンチに腰を下ろすと、制服のポケットからパーラメントを取り出し、火をつけた。

(……あなたは未成年だから駄目ですよ)
直江の声が聞こえるような気がする。
(何が未成年だ。その未成年に好き勝手するのはどこのどいつだよ。てめーのゆーことなんかきかねー。肺ガンになるまですってやる)

半ば自棄のように深くすいこんで、高耶は顔を顰めた。
……やっぱり、マズいものはマズい。
虚しくなって、高耶は一人、ため息をついた。

だんだん日が暮れて、薄暗くなってきても、高耶はまだベンチにいた。
なんとなく、家に帰りたくなかった。家に帰れば、きっと鳴らない電話の前に座り込んでしまうだろう。
(直江のバカヤロー)
心の中で毒づいた。
(……一人にしないって云ったくせに)

そうして、高耶が何本目かのパーラメントに火をつけた時……
遠くで人の足音がしたかと思うと……高耶の座っているベンチに向かって駆け寄ってくる人影があった。
何だろうと、のろのろとそちらの方向を見上げた高耶は、思わず目を見張った。
それは紛れもなく、会いたいと思っていた、あの男だった。

「高耶さん!!」
すぐ近くまでやってきた直江は、息を切らして、
「学校の門の前でお待ちしていたのですが、早退したと聞きまして……家にもいないし、心配しましたよ。いったいどうしたんです?こんなところで」
驚きのあまり高耶は声を出せずにいた。
夢ではない、いつもの黒いスーツ姿の、本物の直江だ。

「……高耶さん?」
「………」
あんなにも会いたかった本人を、突然目のあたりにして、本当は抱きつきたいのを堪え、高耶はそっぽを向いた。
「高耶さん?」
どうやら高耶は拗ねているようだ。こちらを見ようとしない。

高耶の足元に落ちている何本かの吸い殻。
それだけでも、彼がどれだけの時間、そうしていたかがわかる。
ふいに愛おしさが込み上げて、
「……いけませんね。未成年なのに、こんなに煙草をすうなんて……体に毒ですよ」

ゆっくりと直江の腕が伸び、高耶の手から火のついた煙草を奪った。もう片手で高耶の肩を抱き寄せる。
高耶は、自分がパーラメントをすっていたことが直江にバレて赤くなり、抱き寄せられた腕の中で目を逸らした。

「高耶さん……どうして何も云ってくれないんです。まさか、しばらく会わないうちに、俺を忘れたとでも?」
(忘れるどころか、てめーに会いたくてたまらなかったんだろーが!このバカ!!)
心の中で叫んでから、ようやく、高耶が口を開いた。

「……だよ、……お前忙しいんだろ?何でこんなとこにいんだよ」
完全に拗ねている、まるで子供のような口調。
直江は愛おしさが込み上げるのを押さえ切れずに、細い体を強引に引き寄せるときつく抱きしめた。
「わっ、バカ……!人が見……、」
あわてた高耶が思わず叫んで直江を突き放そうとした。ここは地元の公園なのだ。誰に見られるかわからない。
「誰もいませんよ」

直江はしれっとして、久しぶりの高耶の感触を味わうように、暴れる高耶を、殊更きつく抱きしめた。
「バカッ、離せって……、」
抵抗が本気でないことを知っている直江は、無論、抱きしめる腕を緩めようとはしない。

「高耶さん……少し、痩せましたね」
ふいに云われて、高耶は抵抗をやめ、真っ赤になって俯いた。
「別に……んなことねえよ」
「ちゃんと食べていたんですか?そういえば今日は具合が悪くて早退されたそうですが……でも、まっすぐ帰らずに、こんなところで煙草をすっていたぐらいだから、心配はいりませんね」

意地悪な直江の言葉に、高耶はキッと直江を睨みつけた。
すると、直江は微笑して、
「やっと俺を見てくれましたね……」

ごく間近に、直江の端正な顔があった。真っ赤になって逸らそうとする瞳を直江は許さない。
何も云おうとしない高耶の頬にそっと手をあてて、
「……電話しなかったことを怒ってるんでしょう?すみませんでした。俺だって、この一ヶ月、どんなにあなたに会いたかったか……
でも、ようやく普通の高校生に戻れたあなたを、邪魔したくなかったんです……」
「…………」
「会いたかった……高耶さん……会いたくて会いたくて、気が狂いそうでしたよ」
「…………」
「高耶さん……まだ、怒ってますか?」

真摯な瞳と、その言葉に、観念したように高耶は直江を見上げ、聞こえないぐらいの小声で云った。
「……お前……、仕事は……いいのかよ……」
素直になれない高耶の、精一杯の赦しの言葉に、直江は破顔する。

「ええ。実家と兄の会社でこき使われていたんですが、やっと休みが取れまして。そうしたら、あなたの顔が見たくて、いてもたってもいられなくなって、気がついたら高速に乗ってました……迷惑でしたか?」
「……別に……いいけどよ……」

あくまで素直になれない高耶は素っ気無く答えるが、高耶の本心を知っている直江は、微笑したまま、白々しくこんなことを云った。

「そう云えば、さっき学校の方で聞いたのですが、美弥さん、今日から四日間、修学旅行だそうですねぇ。実は俺も、今日から四日間休みが取れたんですよ。偶然ですね。でもちょうどよかった。これで美弥さんに遠慮なく、丸四日間、あなたを貸し切ることができますからね。……そう云えば、あなたは体調不良で早退されたんでしたね。学校は大事をとって二、三日休んだ方がいいですね。駅前にホテルを取ってあります。俺がつきっきりで看病してあげますから、安心して下さいね」

「お前……」
高耶は一瞬、呆れたような声を出した。
美弥が修学旅行で、しばらく高耶が一人になるのを知っていて、やってきたのだ、この男は。いったい、どこでそう云う情報を仕入れているのか……
それでも、内心嬉しい高耶は、直江を追求しようとはしなかった。
「……ったく、お前は……」
「愛していますよ」
そう云って、直江は高耶の額に口づけた。
そのまま、降りてくる唇。
「……バカ……、」
高耶はそう呟いて、目を閉じた。

駅前に向かう為に乗り込んだ、ウインダムの中。

信号待ちで停車した時、直江の指が、高耶の制服の胸ポケットに伸び、パーラメントを取り出した。中身は三分の一ほどなくなっている。

高耶が八つ当たり気味に握りしめた為、少々つぶれかけているその箱を、直江はわざと目の前に翳して、
「あなたは未成年なのに……こんなにすって、駄目ですよ……ちょうど俺がすっているのと同じ銘柄ですから、残りは俺に下さいね?」

暗に、自分と同じ煙草をすっていたことが嬉しいのを、さりげなく指摘してくる直江に、高耶は不貞腐れてそっぽを向いた。


直江に「あなたは未成年だから駄目ですよ」が云わせたいためだけに書きました(笑)
ホテル(もちろんブエナ◯スタ♪)での、直江の手厚い看護の様子(爆)は後日UP予定?

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